宝塚ファンをしていると、SNSなどの「発信の場」のなかで、本当にいろいろな声を目にします。
心が温かくなるような共感の言葉もあれば、時には心がざわざわする発信に触れることも…。
そんなとき、ふと考えるのが「宝塚ファンとは、改めて何だろう」という問いです。
宝塚歌劇を観始めたのが、1999年。それから、今日に至るまでぐっと熱くなったり、スローペースになったり、時にはほんの少し距離ができながらも、今までたくさんの感動をもらってきました。
スカイステージができてからは、VHSやDVD、テレビ放映される映像だけでなく、オンタイムで常に宝塚の世界に触れられるようになったのは、改めて画期的だったな~と思います。
私の初観劇は、博多座開業の年にやってきてくれた「我が愛は山の彼方に/グレート・センチュリー」でした。
先日、星組の都優奈さんが、同じ公演が初観劇だったと話されていて、あの時、私は大学生、彼女は、まだ少女だったのだなぁと思うと、なんだか勝手に感慨深いです。
それから、何人かの大ファンになったスターさんが居て、礼真琴さんに至るわけですが、こっちゃんほど熱く応援した方はいない、というほどに大好きになりました。
これまでは、近しい宝塚ファンの方、宝塚ファンではないけれど舞台が好きな友人などと、時折あった時に話して盛り上がって楽しい!って感じ。
でも、こっちゃんのファンになってから、TAKARA座やSNSがより「発信の場、交流の場」となって、私を取り巻く宝塚の世界が広がりました。
本当に色んな情報が入ってくるし、さまざまな考え方、やり方で応援している人たちが居る。
宝塚歌劇を観始めた1999年頃から、宝塚を取り巻く応援の仕方については耳にしたり、目にしたりしていましたが、自分自身は、ずっと変わらないスタンスで宝塚歌劇を愛し、「一ファン」として過ごしてきました。
以前も書かせてもらいましたが、チケット問題や応援の仕方、それに伴うルール、考え方…
宝塚歌劇は、他の演劇と比べてもやっぱり特殊な所は正直あると思います。
そういう「特殊性」を生むスタイルも仕組みも背景にあるし、そもそも「夢の世界」を具現化しているのだから、ちょっと世間一般の感覚とは異なる部分があるのも、わかります。
ただ…
私は、やっぱりこうしてさまざまな意見に触れていると、なんだか悲しくなってしまうんですよね…。
宝塚歌劇を好きになって、ときめいて、その世界に元気や勇気をもらって、明日の活力にする。
そのために、どういう応援の仕方を選んで、そこにどれだけの労力やお金をかけて、どういうスタイルで観劇するかは自由だし、「ファン」になるのに誰の許可もいらないと感じているから。
ライフステージによって、宝塚に没頭できる時間や費用も異なるもの。
ただ、一つだけ言えるのは、自分の周りの人だけに小さく『公開』する情報と、不特定多数が目にする場に発信するのとでは、全く影響力の大きさが異なるということですよね。
私は、これが少し前と今の大きな違いだと思っています。(近しい人となら、何を言ってもいいってわけじゃないですが…)
そして、もし大好きな「ご本人の目」に入ったら、どう思われるだろう…ということを想像し、常に考えて発信する慎重さが必要だとも感じています。
大好きな方に、その発信が絶対に届かないとは言えないから。
インターネットの波は、想像以上にどこまでも遠くへ情報を連れて行く。
人に迷惑をかけない限りファンの在り方は自由であり、それぞれの応援の仕方を尊重したいですね。それは、このブログを2011年に始めてから、とても感じています。

自由であるからこそ、慎重に…宝塚を大好きなスターさんを愛する気持ちに優劣は誰にもつけられないから、できるだけ「温かい気持ちになれる言葉」で未来につなげていきたいです。
宝塚ファンとは、人に迷惑をかけない限り自由であり、誰もが自分らしく大切なスターさんを応援できるもの。
その温かさと多様さこそが、宝塚を支え続けてきた大きな力なのだと感じています。
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