明日は、ついに真風涼帆さんのラストデイ。
今日、この日までこうして公演を続けてこられたこと、奇跡のようなことですよね。日々、スカイステージでも真風さんの番組やトークが放映されて、改めて「真風涼帆のいる宝塚歌劇団」があとわずかなことを感じさせます。明日の幕が、無事上がり全ての公演が滞りなく素晴らしい時間になることを願うばかりです!
今日は、そんなラストデイ真近の真風さんが、たくさんの人たちに慕われる理由を私なりの視点で書いてみたいと思います。
ずば抜けた「人を育てる力」
歌劇6月号を読んでいて、改めて感じたのが真風さんの「人を育てる力」の凄さ。
これまで、過去のスカイステージトーク番組や歌劇、宝塚GRAPHなどでさまざまな人たちが真風さんのことを語っています。それらに触れてずっと感じていたのは、「真風さんのお陰で今の私がいます」という下級生が本当に多いなということ。
決して気をつかって「ヨイショ」しているわけではない、熱のこもった「本物の心」をその言葉たちに表情に感じるのです。(→ここ大事)
数人、彼女が特に目をかけていた下級生ならばいざ知らず、とにかく幅広い世代、組の下級生たちから憧れ、尊敬を集めている真風さん。上級生も、真風さんを「人として尊敬している」といったことをおっしゃっていますよね。
でもそれは、真風さんが相手の心に寄り添い、その時に必要な言葉をかけて、さらにその先もきちんと見届けている…というだけではないと思うんです。
「言うからには、自分はもっと頑張らねば」と自身を律して研鑽を重ねている姿を長年皆は見てきているからではなかろうか。
それは、このブログにも書いたのですが…
人は言葉だけではついていかない。その佇まい、その姿勢、その生き様に感銘を受け、きっと彼女を心から慕うのでしょう。まさに、「人間力の高さ」。でもそれは、一朝一夕に身に付いたものではなく、きっと汗も涙も含めて積み重ねられた時間と経験のうえに成り立っている。
本当の「真風涼帆」の姿
歌劇の「贈る言葉」で、本当に貴重で心のこもった言葉の数々のなかでも、歌劇6月号の「石田昌也先生」の言葉は特に心に残りました。
短い言葉ですが、真風涼帆という舞台人の真髄がここにある気がした。
誌面の内容を詳しくここで書くことはできませんが、石田先生の言葉のとおり、きっとそうなんだろうな、と思います。小池先生の文末の言葉にも共通すると思います。
その姿勢、その生き様がまさに唯一無二の舞台人であり、真風涼帆。
先生や組子、上級生下級生たちの言葉のなかに「本当の真風涼帆」がいました。これまでも、人を伸ばす素晴らしい上級生はたくさんいらっしゃったと思います。
でも、17年という長きにわたり宝塚歌劇団に在籍し、そのうちの早い段階から抜擢が続きトップスター時代も長期…そんななかで人に影響を与え続けたスターは稀有でしょう。
ここに(歌劇6月号の贈る言葉)に書かれていることは、誰でもができることではないと思うんよ。本当に大変なことだし、気力も労力も必要なこと。でもそんな真風さんだからこそ、かつてない辛い困難な出来事にもしっかりと向き合い乗り越えられたのではないかな…と。
彼女にとってちょっぴり苦手だった歌も、今では伸びやかで深みがあり熟成を感じます。ちょっとした仕草もまさに「男性そのもの!」まるで同郷の大先輩である轟悠さんのよう。
そして品格…どんなに新たな挑戦をしようともずっと失わずにいてくれた。ダンス、私は真風さんを初めて「初演ロミジュリ」で観た時から、いい意味で肩の力が抜けていった今の姿も「ハンサムな男役」を体現し続けてくれていて素敵だと思うよ。
明日のラストデイでは、その集大成が観られることでしょう。
ひとつの時代の終わりを、そして再出発の瞬間を、画面越しではありますが目に心に焼き付けたいと思います。
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こちらも、読んでみたいなぁ!(*’▽’)
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